釧路地方裁判所帯広支部 昭和45年(わ)49号 判決 1971年8月03日
被告人 木平正次郎
大一二・一〇・二五生 農業(元更別村開拓農業協同組合組合長)
主文
被告人を懲役八月に処する。
この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、北海道空知郡中富良野村(現中富良野町)に出生し、同地の高等小学校を卒業後、家業である農業を手伝つたのち満州に移住したりし、終戦後の昭和二二年四月頭書本籍地に開拓農家として入植して、現在に至つており、同三四年、被告人ら開拓農家を組合員とし、その事業、生活資金の貸付、共同利用施設の設置、農業土地の造成、改良、管理などを事業目的とする更別村開拓農業協同組合(昭和二三年九月七日設立、事務所所在地 更別村字更別南一線九三番地、以下、組合という。)の理事となり、さらに同四二年六月八日から組合長理事に就任してその業務全般を統轄していたものであるが、組合が事業主体となり、同四二年七月頃から同年一二月頃までを工期として、更別村上更別地区開拓地改良事業を施行するにあたり、その事業費の八割に相当する金員については北海道から、北海道開墾建設事業補助規則等による開墾建設事業補助金を受けることができるもののその余の金員については組合員の一部である受益者が負担すべきものとされており、さらに関連して組合が支出すべき金員も相当額にのぼるのに、受益者にも組合にもその能力が乏しかつたところから、右受益者負担金等を免れるために右補助金制度を利用し、実際にかかる事業費以上の事業費を要するものであるように偽つて不正に右開墾建設事業補助金の交付を受けようと企て、組合の工事担当理事である松井倉司、同荒木六七八と共謀のうえ
第一、昭和四二年九月一〇日頃、北海道十勝支庁長より、同年七月二二日頃着工した前記上更別地区開拓地改良事業の東一号、東三号、南六線道路工事、暗渠排水工事につき、事業費金四、一六四万八、〇〇〇円に対する補助金として金三、三三一万八、四〇〇円を補助する旨補助金交付通知を受けたが、真実は、右工事を請負わせた大王物産株式会社(代表取締役 三浦唯夫、以下、大王物産という。)(東一号、東三号、南六線道路工事関係)および大興建設有限会社(代表取締役 湯浅寅栄、以下、大興建設という。)(暗渠排水工事関係)に右事業費のうち工事費金三、九六七万円を金三、二八三万四、二二〇円で施行せしめることとしたのであるから(大王物産には金二、八〇三万九、〇〇〇円を金二、三四三万四、二二〇円で、大興建設には金一、一六三万一、〇〇〇円を金九四〇万円で、それぞれ施行せしめることとした。)右通知に基いて補助金の申請をなすにあたつては、正当な事業費による経費変更承認を経てなすべきであるのに、これを秘し、同年一〇月一二日頃、前記組合事務所において、組合の工事、建設担当者角屋克旨をして、組合長理事木平正次郎名義、十勝支庁長あての、「右工事の事業費は補助金交付通知どおり計金四、一六四万八、〇〇〇円を要し、この事業費の一部につき、右工事請負業者より部分払の請求を受けたので補助金三、三三一万八、四〇〇円のうち、金、一、六三〇万円の概算払を受けたい。」旨の内容虚偽の開墾建設事業補助金概算払申請書を作成させ、これを同月一六日頃、帯広市東五条南九丁目一番地所在の北海道十勝支庁の支庁長柴田四朗に提出して、偽りの補助金交付申請手続をなし、よつて同月二三日頃、同支庁長をして、事業補助金一、六三〇万円の概算払支出決定をさせたうえ、同月二五日頃、北海道より帯広市大通南一〇丁目北海道拓殖銀行帯広支店の組合組合長理長木平正次郎名義の普通預金口座に金一、六三〇万円を振替入金させ、さらに、右事業の工事内容変更に伴う変更承認申請をなして、同年一二月一日頃、右十勝支庁長より、工事費金三、九八六万五、〇〇〇円、工事雑費金一九八万七、〇〇〇円、合計金四、一八五万二、〇〇〇円の事業費に対する補助金三、三四八万一、六〇〇円を補助する旨の開墾建設事業変更承認を得たうえ、同年一二月四日頃、前記組合事務所において、前記角屋をして組合長理事木平正次郎名義十勝支庁長あての「右工事は事業費計金四、一八五万二、〇〇〇円をもつて完了した。」旨の内容虚偽の開墾建設事業完了届を作成せしめ、これを同月五日頃、前記十勝支庁長柴田四朗に提出して残補助金一、七一八万一、六〇〇円の偽りの補助金交付申請手続をなし、よつて、同支庁係員による事務、技術両面からの検定を経たのち、同月二二日頃同支庁長をして、前記事業補助金の残金一、七一八万一、六〇〇円の支出決定をさせたうえ、同月二八日頃、北海道より前記北海道拓殖銀行帯広支店の組合組合長理事木平正次郎名義の普通預金口座に金一、七一八万一、六〇〇円を振替入金させ、もつて、偽りの手段により、正当に受くべき補助金合計二、七八五万六、九七六円との差額金五六二万四、六二四円の間接補助金の交付を受け、
第二、昭和四二年九月一〇日頃、北海道十勝支庁長より、同年一〇月頃着工予定の前記上更別地区開拓地改良事業の南一四線道路工事につき、事業費金四六〇万円に対する補助金として金三六八万円を補助する旨の補助金交付通知を受けたが、真実は右工事を請負わせた前記大興建設に、右事業費のうち工事費金四三八万四、〇〇〇円を金三四一万九、五二〇円で施行せしめることとしたのであるから、右通知に基いて補助金の交付申請をなすにあたつては、正当な事業費による経費変更承認を経てなすべきであるのに、これを秘し、同年一〇月二五日頃、右十勝支庁長にあて事業費を金四六〇万円として右工事に着手した旨届出て右工事を施行し、同年一二月四日頃、前記組合事務所において、前記角屋をして組合長理事木平正次郎名義十勝支庁長あての「右工事は事業費金四六〇万円をもつて完了した。」旨の内容虚偽の開墾建設事業完了届を作成させ、これを同月五日頃、前記十勝支庁長柴田四朗に提出して補助金三六八万円の偽りの補助金交付申請手続をなし、よつて同支庁係員による事務、技術両面における検定を経たのち、同月二二日頃、同支庁長をして前記事業補助金三六八万円の支出決定をさせたうえ、同月二八日頃、北海道より前記北海道拓殖銀行帯広支店の組合組合長理事木平正次郎名義の普通預金口座に金三六八万円を振替入金させ、もつて、偽りの手段により、正当に受くべき補助金二九〇万八、四一六円との差額金七七万一、五八四円の間接補助金の交付を受け
たものである。
(証拠の標目)(略)
(被告人および弁護人の主張に対する判断)
一 被告人および弁護人は、本件被告人は無罪である旨主張しており、その理由としてあげるところは、不明確な点もあるが、要するに、(一)組合と大王物産、大興建設(以下、本項では、大王らという。)との間で定められた各事業の請負金額は、いずれも北海道十勝支庁長から事業計画時に示された補助金交付通知の算出基礎となつた金額と同額である。被告人らが真実はこれより低いのに、これを秘し、水増して過多の補助金の交付を受けたというような事実はない。現に、組合は大王らにその全額を現金および約束手形の形で支払つており、ただ、本件各事業に関連して必要となる諸経費などにつき、組合などの負担を軽減する目的で、大王らと交渉し、結果的には、その各工事費の約二割づつを組合に対する「寄付金」としてもらうこととし、該当額の約束手形を大王らにおいて決済する旨の約束をしたにすぎないのであつて、しかも結局、大王物産からは約束手形の決済を受けることができずに終つた位である。従つて、その所為は、「偽りその他不正の手段により「間接補助金の交付を受けた、との構成要件に該当するものではないし、被告人には、その犯意もない。(二) 仮に、被告人の所為が、右構成要件に該当するものとしても、組合が受領した本件補助金の算出の基礎となつた各事業費は、国等が補助金決定の基準として定めたところ(いわゆる「歩掛基準」)に合致しており、しかも本件各事業は、その完成後十勝支庁から事務、工事両面で適式の検定を受け、問題なしと判断されたものである。従つて、組合が交付された補助金は、結局、適正に使用されたものといえるのであつて、被告人は、ただその結果大王らに帰属することとなる利益の一部を、組合および受益者たる一部の組合員などのため、組合に還元させようとしたにすぎないから、実質的に何ら違法なものではない(大王らに帰属する利益が過大であるとすれば、それは右「歩掛基準」が適正なものでなかつたからにすぎず、そのために被告人の所為が違法となる訳ではない。)。(三) 本件当時の組合や受益者たる一部の組合員などの実情を考慮すると、本件各事業は、どうしても必要であり、他方、そのために組合や受益者が金銭を負担することは極めて困難な状態であつた。従つて組合の責任者である被告人が、組合、受益者らの金銭的負担を軽減するため、本件所為に出ることは、法律上許されたものであり、少なくとも被告人はそう信じていたものである。又、被告人が本件所為に出ないことを期待することはできなかつたものというべきである。と、いうにあると解せられる。
二 当裁判所は、これらの主張を、いずれも排斥すべきものと判断するが、その理由は、次のとおりである。
(一) その第一点について。
1、まず、本件発生時(および現在)における補助金(間接補助金等を含む。)交付手続の運用につき、一般的に検討してみると、前掲各証拠、とくに、(証拠略)などによれば、国、北海道など補助金交付主体は、組合などの事業主体に対し補助金を交付するにあたつて、いわゆる「決算主義」をとつていたこと、すなわち、まず補助金を交付すべき事業であることが決定されると、その事業計画に対して、国等が定めたいわゆる「歩掛基準」が適用され、その結果として事業費とこれに対する補助金の各予定額が決定されること、「歩掛基準」は、一般的には、業者に対しても二割ないし二割五分の利益(いわゆる荒利益)を見込んだ適正なものであるが、その事業の内容、事業主体、事業の時期、場所など具体的事案によつて、より適正妥当な額がある筈であるから、その意味で補助金の最高限度を算出するための基準にすぎないこと、事業主体は、入札等の方法により右「歩掛基準」に基いて算出された事業費の予定額を上まわらない適正な事業費によつて業者と契約し、これによる事業完了後、事務、工事両面について検定を経て、真に要した事業費に対応する補助金の交付を受けること(仮に、過額の概算払いがなされていた場合には、これを返還すべきこととなるし、逆に、真に要した事業費が必要な計画の修正により増加したものであれば、その修正計画の承認により、補助金も増額されることとなる。)などが認められる。当裁判所は、国等の補助金が不当に多く費消されることなく、必要な限度で適正に使用されるための方法として、右のように、真に要した事業費を基準とする「決算主義」の運用をもつて妥当なものと考える。もちろん、「決算主義」によつてみても、現実には、本件のように、事業主体と業者とが意を通じて行う契約上の不正行為を検定等により発見することは極めて困難であろうし、業者間の談合などがなされることなく、入札が真に公正に行なわれて、その結果「歩掛基準」を下まわる適正な事業費が決定されるという保証も、充分とはいえないのであるから、むしろ、当初の「歩掛基準」による予定事業費の決定をもつて、補助金額を算出する限度で確定的なものとし、事業完成後は、計画どおりの事業が完全に行なわれたかどうかの点のみを検定することとし、右予定事業費の範囲内で現実に、いかなる金額でこれを遂行するかは、事業が計画どおりなされることを条件に、事業主体と業者との自由な契約に委ねてしまうような方法(要するに、真に要した事業費のいかんを問わず、事業計画に対し、「歩掛基準」を適用し、これにより算出される補助金の額を固定してしまう方法、仮に「予算固定主義」とでも呼称することができよう。)を採用することも考えられ、そのような運用をもつて不合理であるとはいえない。しかし、「決算主義」が特に不合理なものとはいえず、現実の補助金行政がこれによつて運用され、事業主体も業者もこれに従つていて、被告人もこれを認識していたのであるから、本件被告人の刑責を検討するには、このような「決算主義」を前提とすれば足りるし、これを前提としなければならない、というべきである。
2、右のように考えてみると、事業主体が業者から事業に無関係に「寄付」を受けることがあることは当然であるが、それが事業に関連してなされた場合には、たとえ「寄付」というような表現が用いられていたとしても、右「決算主義」にふれない真の「寄付」、すなわち、真に要した事業費には変動をきたさず、従つてこれを基礎に算出される補助金の額の是正を必要としないものかどうかにつき慎重な検討が必要であると思われる。とくに事業費が入札によつて決められ、そのため適正な最低限度の額であることが一応推定される場合であれば格別、そのような推定も作用しない随意契約によつて事業費が決定された事案では、随意契約によることとなつた事由、「寄付」に至つた経緯、その「寄付」額の事業費および事業により業者が得るべき利益に占める割合、などを総合的に検討して、「寄付」としての実体を有するものかどうか、すなわち、それが業者の正当に得た(又は得るであろう)利益の全部又は一部を、社会的に正当な理由で、とくに事業主体に還元しようとするものか、それとも事業費の水増しによつて生じた(又は生じるであろう)業者の不当な利益の全部又は一部を事業主体が取得しようとするものか、を慎重に判断する必要がある、というべきである(検察官が引用する金沢地裁昭和四五年三月一六日判決の事案は、判例時報五九七号一二〇頁以下の紹介によつて判断する限りでは、右のような総合的考察の結果、真の「寄付」がなされたものと認められた特殊な例と解せられる。)。
3、そこで、具体的な本件において、真に要した事業費とは、被告人ら主張のとおり十勝支庁長に報告された金額かどうか、そして、その主張する「寄付」は実体を有するものかどうか、につき検討してみると、前掲各証拠、とくに、(証拠略)などを総合すると、被告人ら組合関係者は本件各事業について、何ら特段の理由もないのにかねて道等から指導を受け、又組合内規においても定められていた入札手続をとることなく、大王らと随意契約を締結していること、しかもこれを入札による契約の如く仮装していること、被告人らが真の事業費である旨主張するところは、道から予定額として通知されていたものと全て全く一致していること、いわゆる「寄付」については、大王らの経営内容が本件事業当時決して良好といえず、敢えて組合に多額の「寄付」をすることができるような状態ではなかつたし、又、そうしなくてはならないような特殊な事情も組合と大王との間には存在せず、「寄付」をいい出したのも大王らではなかつたこと、組合、大王らとも経理上、正規の「寄付」としての取り扱いをしていないこと、大王らは「寄付」をしても、なお、それぞれ相当の利益があると考えていたこと、大王ら業者のみでなく、被告人ら組合関係者においても本件各請負契約書は、補助金を受けるための表面的なものにすぎず、実質的なものは、組合が大王らと交渉して「まけて」もらつて決めるものであると考えていたこと、がそれぞれ認められ、これらの事実などにより、「寄付」は前記2で検討したような実体のあるものではなく、単に請負金額を「まけて」もらうための形式にすぎなかつたこと、そして、真に要した事業費は被告人ら主張の各請負契約書記載のものではなく、まけてもらうことになつた判示金額であること、がそれぞれ認められる。結局、被告人ら主張の事実の存在を疑わしめるに足る証拠に欠け、これを採用することはできない(右結論は、組合が大王らに融通手形を含め、被告人ら主張の事業額総額を上まわる金額の約束手形を交付した事実、その融通手形の一部が、とくに大王物産において、その責任で決済されず、その結果組合がこれを負担せざるをえなくなつた、との事情、によつても左右されるものではない。)。
(二) その第二点について。
被告人らはその前提として、元来、大王らに帰属することとなる利益の一部を組合に還元しようとしたものにすぎない、としているが、前記(一)1で検討した「予算固定主義」によるのであれば格別(右が合理的な面を有することは否定できないが、本件検討にあたり採用できないことは前記のとおりである。)、前示(一)1のように、本件当時の補助金行政は「決算主義」を採用していたのであるから、右前提そのものに誤りがあるといわねばならない。すなわち、一般的な意味で一応妥当な最高額を定めたにすぎない「歩掛基準」に合致していたからといつて、それが直ちに本件事案で具体的に適正な事業費となるものではなく、又、それに基く適正な補助金となるものでもないことはいうまでもないところであり(その理は、組合が大王らの協力をえて作成した内容虚偽の契約書等を資料としてなされた検定を問題なく通過したからといつて変るものではない。)、問題とされているのは、大王らに帰属すべき利益の一部の組合への還元ではなく、北海道(補助金等交付主体)に返還されるべき過額分の全部又は一部を大王らから組合に移転させようとした行為なのである。右主張は理由がない。
(三) その第三点について。
関係証拠によれば、本件各事業が組合、組合員にとつてかなり必要度の高いものであり、他方事業を行なうと、受益者たる一部の組合員や組合が多額の金銭を負担すべきこととなるが、組合員にも組合にも充分な負担能力があつたとはいえない事情がうかがえるが、各事業が営農上不可欠とまでいえないし、金銭上の問題は現に本件でも部分的に行なわれたように村当局から助成金を得るとか、農林水産金融公庫から資金を借り入れるなどの方法を全面的にとり、あるいは、非組合員でも工事の反射的利益を受ける者には相当の分担金を課すなど種々の方策を検討して、まかなうほかないのであつて、これらの事情があるからといつて、本件各所為に出ることが法律上許されるとはいえないし、被告人がそのように信じ、しかもそのことに正当な理由があるとか、各所為に出ない期待可能性がなかつたとか、いえないことも明らかであつて、これらは、情状として量刑上考慮すべきものにすぎないと考える。
結局、被告人らの主張はいずれも理由がない。
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為および同第二の所為は、いずれも補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律第二九条第一項に該当するので、犯情によりいずれも懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をしたうえ、その刑期の範囲内で後記理由により被告人を懲役八月に処するが、同法第二五条第一項によりこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して、これを被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件各犯行が被告人の個人的利益の追及を目的としたものでないことは明らかであるが、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(第二九条第一項)は、正にこの種行為が私利私慾をはなれ、多少なりとも公共的な集団の利益をはかる目的で、それ故、比較的安易に敢行されがちなものであることに注目し、詐欺罪の特殊類型を定めて、これを規制することにしたものであるから、右の点自体が直ちに被告人の刑責を軽減する理由とならないことは検察官の指摘するとおりである。しかしながら、被告人が本件各犯行に及んだ背景には、前記(被告人および弁護人の主張に対する判断)二(三)でも一部検討したように、開拓農家およびこれを組合員とする開拓農業協同組合に固有の困窮、行きづまり状態があり、しかもこれに対する国、道などの行政上の施策は必ずしも充分といえず、そのため組合としても、組合、組合員のため、本件各工事を是非必要なものとして、自らが主体となつて企画せざるをえなかつたこと、他方、そのための費用の負担が受益者たる一部組合員はもとより組合にとつても、かなり困難な状態にあつたこと、村当局の本件各工事に対する助成金等の措置は、必ずしも充分でなく、しかも実質的には受益者の立場にある一部の一般農家は非組合員であるためその費用の分担を免れていたこと、など斟酌すべき諸事情があるほか、本件の責任は他の組合理事、とくに荒木六七八、松井倉司らも共に分かつべきものであるが、被告人がその組合長理事としての任にあつたため、代表して刑事訴追を受けるに至つたものであること、本件は被告人に対する背任など別件の捜査に端を発し、事件発生から三年近くを経過したのちに公判請求されたものであること、現在では、すでに組合自体が解散し、清算手続に入つている状態であるうえ、大王物産、大興建設ともに倒産の状態にあつて、関係者による再犯のおそれがほとんどないこと、被告人は個人的にはまじめな農業経営者であつて、これまで何らの前科を有していないことは勿論他から非難されるようなことがなかつたこと、など被告人に有利な事情が少なくない。これらを全て考慮すると、結局、本件においては、その各犯行が法律上許されないものであることを明らかにすれば足りるものと思われ、主文のとおり、量刑した訳である。
よつて、主文のとおり判決する。